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はじめに
この記事では、私が開発に関わった、探究的な学びを取り入れた研究授業の実践事例を紹介します。今回の実践は課題は残ったものの、探究的な学びを実践する一方略として、先生方にご提案できるものだと考えています。
今回の実践は、タイトルにある「トライアル&リトライ」を取り入れ、授業に探究的な学びを取り入れた事例です。この記事を読んでいただいた先生方、特に、探究的な学びを実践されたい先生や、初任でどう授業づくりをすればいいか迷っておられる先生が、探究的な授業を実践する上での参考になれば幸いです。
探究的な授業とは何か
まずそもそも、理科における「探究的な学び」とはなんでしょうか。
実践や研究によって、「探究」の考え方に諸説あるものの、総じて言えば、生徒が科学的な問題解決の過程(学習指導要領では「探究の過程」と呼ばれていますを通して、科学的な見方・考え方を発揮させる学びといえます。
この科学的な問題解決の過程を、一から最後まで児童・生徒が進めていくと、それは「自由研究」「課題研究」と呼ばれる、まさに科学研究ということになります。しかし授業でそれをすべて行うことは、様々な制約上難しい。そこで、科学的な問題解決の過程の一部分を授業で取り上げ、児童・生徒に過程を歩ませるのです。
「トライアル&リトライ」
「トライアル&リトライ」とは私の造語です。私は探究的な学びの実践を分析・モデル化する研究を行っているのですが、その中で発見した、失敗を検討し、改善する過程(工学的探究と読んでいます)に着目し、その部分を「トライアル&リトライ」と呼ぶことにしました。「トライアル&リトライ」を授業に組み込むことによって、授業を探究的にすることができます。
「トライアル&リトライ」の過程の進め方は、以下の3つのステップに分けられます。
- 失敗に出会う
まず、実験等で結果が予想通りにならないような、いわゆる失敗の状況に出会います。身の回りのものを改良する、新しいものを作る等の課題を与えると、自然と失敗する場面に出くわします。
- 失敗の原因を分析する
失敗を起こしたら、その原因を分析し、「なぜうまくいかなかったのか」を考察します。これは科学的問題解決における「仮説の設定」に当たる、重要な過程です。
- 改善策を検討する
原因を分析し、仮説を設定したら、それをもとに改善策を検討し、実践します。これはこれは科学的問題解決における「検証」に当たります。
―――以上のように、失敗を分析し、改善して再挑戦することを通し、科学的問題解決の過程をたどることができるのです。これが「トライアル&リトライ」です。これを取り入れることによって、探究的な学びに必要な仮説設定と検証を授業で行えるようになります。
「トライアル&リトライ」授業のヒント
「トライアル&リトライ」を取り入れる際の心得を、以下の3つにまとめました。
- 失敗をポジティブに捉える
失敗をネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに捉えることが大切です。児童・生徒は実験がうまく行かなかったとき、「失敗した」と落ち込んでしまうものです。しかし「トライアル&リトライ」では、失敗は当然のものであり、探究のきっかけであると捉えます。そのような雰囲気づくりを授業構成時に意識しましょう。
- 成功にこだわりすぎない
失敗から学ぶためには、成功にこだわりすぎないことも大切です。成功を目指すことは大切ですが、失敗を恐れて挑戦しないよりも、失敗を経験しながら成長していくほうが重要です。そのため、教師は生徒に成功を強要するのではなく、失敗を経験しながら学ぶことを伝えるましょう。また教師自身も、生徒に成功させることにこだわりすぎないようにしましょう。
- 改善のサポートをする
失敗から改善策を検討するには、教師からのサポートが必要です。改善失敗の原因を分析するためのヒントが必要なときもあります。試行結果や改善案の共有といった、改善策を検討するための仕掛けも必要です。原因が思いついても、具体的な改善策を導き出し、実行するのは、児童・生徒だけでは難しい場面です。児童・生徒の発想は大事にしながら、教師は積極的にサポートに入りましょう。
授業実践の概要
では、具体的な授業例をお示しします。今から紹介する授業は、私が授業設計に関わり、「トライアル&リトライ」を取り入れることで探究的な学びを成立させようとしたものです。
授業の基本情報
対象:高校1年生
科目:物理基礎
単元:熱とエネルギー「熱量の保存」
目標:
「熱量の保存」を利用した実験を通し、結果を振り返って改善の見通しを立てながら熱量の保存を理解する。
概要:
「お風呂にちょうどいい、40℃ピッタリのお湯を、熱湯に水を混ぜて作る」という課題を解決する。グループ実験(4人一組)。
ということで、高校物理分野です。小・中では探究的な実践は多数存在しますが、内容が多く授業時間数も少ない高校物理では、なかなか探究的な実践は少ないように思います。そんな中でも実践可能な、単発で実施する探究実験を計画しました。
準備物
<各グループに1セット>
・200 mLビーカー ×1
・300 mLビーカー ×2
・メスシリンダー(100 mL) ×1
・温度計(100℃) ×2
・ガラス棒 ×1
・駒込ピペット
<教卓に準備>
・電気ポット(お湯を沸かしておく)
・メスシリンダー(100 mL)
・駒込ピペット
授業展開
導入
「お風呂にちょうどいい、40℃ピッタリのお湯を、熱湯に水を混ぜて作ろう」という課題を提示し、実験方法(ルール)の説明をします。
- 教卓に、熱湯50 mLを200 mLビーカーで取り、生徒卓で温度を測る
- メスシリンダーに水道水を100 mL程度取り、温度を測る
- 熱湯50 mLと混合して40℃になる水の量を計算する。メスシリンダー中の水を計算した量にする。
- 300 mLビーカーに熱湯50mLと、メスシリンダーの水を同時に入れガラス棒で混ぜ、温度を測る。
展開1:トライアル
生徒に説明した方法で、40℃の湯を作らせます。
すると、どこのグループも40℃から4〜7℃、低い湯が出来上がります。
これが本授業の、トライアルにおける「失敗」です。
展開2:原因の検討と改善案の発案
各グループの結果を共有したうえで、「何が失敗の原因だったんだろうか」と問い、グループ毎に議論させます。
すると、大体以下のような原因を考えてきます。
- 熱が空気中に逃げ、水温が下がった
- ビーカーに熱が移動して、水温が下がった
つまり、熱が水以外に移動することを見落としていたわけです。それらの意見を共有し、「では、どうすればその原因を改善できるだろうか」と問いかけ、再びグループで議論させます。改善案として出てくるのが、
- 熱が逃げないようにビーカーを塞ぐ
- 急いで実験をして、熱が逃げないうちに混ぜる
- ビーカーや空気に逃げる熱量を考慮して水量を計算する。
このような案です。これらを共有し、もう一度40℃のお湯づくりに挑戦します。
展開3:リトライ
先程共有した改善案を実践し、再度40℃のお湯作りを行います。
この際、水とお湯を混合する300 mLビーカーは、新しいものを使います。
ほとんどのグループで、40℃のお湯を作ることができました。すなわち、考えた原因は正しかったのですね。
まとめ
結果を共有し、「熱量の保存」の式の意味を確認します。水の熱量以外に、水に触れているものの熱容量を考慮することで、狙った温度の湯を作れることを確認して、授業を閉じます。
物理学的解説:本実践での「熱量の保存」
本授業の、物理学的な解説を行います。
本授業で扱う「熱量の保存」、あるいは「熱量保存の法則」とは、温度の違う2物体が接触して温度が同じになった際(熱平衡)、
(低温物体の吸収熱)=(高温物体の放出熱)
が成立します。熱い物の出す熱量と、冷たい物が受け取る熱量は、同じになるということですね。
トライアルで行われた計算
展開1:トライアルでは、「お湯50 mL」を低温物体(温度t_1)、「水 X [mL]」を低温物体とし(温度t_2)、上記の式を適用しました。すると、以下のような方程式が得られます。
このX を求めて、測り取る水の量を決定すればいいわけですね。しかし、これだと温度は40℃を下回ります。
原因は、展開2で挙がったように、水とお湯以外のもの(ビーカーや空気)に熱が逃げてしまっていることにありました。よって、水とお湯から逃げている熱量を考慮することで、改善します。
改善案1:逃げた熱を求め、補正する
リトライのための改善案は複数考えられます。
まず一つは、展開1の結果をもとに、どれだけの熱が逃げていったのかを計算する方法です。例えば、最初のトライアルで温度が36℃、すなわち4℃目標より低かったとしましょう。そうすると、湯を4℃上昇させる熱量分、湯から熱が逃げたと考えることができます。逃げた熱量Qは、
と計算できます。
これを基にリトライでは、以下のように逃げた熱量Qを補正して水の量を再計算します。
改善案2:ビーカーの熱容量を求め、熱平衡の式に加える
もう一つの考え方は、ビーカーの熱容量を計算して、ビーカーに移る熱量も考慮する方法です。ビーカーの元の温度は室温だったと考えられます。例えば室温が24℃、そして、お湯と水を混合して温度が36℃になったとすると、ビーカーの熱量Cは以下のように計算できます。
これを使って、必要な水の量を再計算します。「低温物体」にビーカーを加え、ビーカーも室温から40℃になる、という式を立てます。
この場合、空気中に逃げる熱量(すなわち、放っておくと冷めてしまう問題)は解決されていないので、別の工夫が必要です(ex. 事前に決めた温度まで冷めたら熱湯を混ぜる等)。
授業の振り返り(問題点と改善)
実際の授業では…
実際の研究授業では、1コマ50分で全てを行うことが非常に難しかったです。課題は計算に時間がかかることでした。電卓を使っても、ミスが頻発します。とても2回の試行を行う時間が取れませんでした。
そこで、熱量保存の式を用いた計算は、一人一台端末(ChromeBook)に計算式を入力したGoogleスプレッドシートを配信して、測定数値(水温、室温)を入力すれば、計算結果(必要な水の量、ビーカーの熱容量)が算出されるようにしていました。
また、グループごとの結果もスプレッドシートで全員が見れるようになっていました。写真で挙がっていた各グループ結果の集約表は、これですね。
授業プリントは、展開ごとに3枚用意し、展開が進むごとに配布しました。すなわち、展開1のトライアルで1枚、展開2の問題点の検討と改善で1枚、展開3のリトライで1枚、という感じです。
そして展開3のリトライでは、ビーカーの熱容量を考慮する方式に統一しました。展開2の検討を共有する過程で、全体で「ビーカーの熱容量が必要だ」という問題点を共有し、それを各グループ改善する、という形になりました。そのためスプレッドシートは、展開1用(お湯と水のみ考慮)と展開3用(ビーカーも考慮)の2種類を用意していました。
授業の改善
この方法ですと、だいぶ時間短縮もされ、40℃に到達するグループも多くなりました。しかし、計算がパラメータを入力しているだけで、一体何を考慮して求めているのかブラックボックス化している感がありました。
また、問題点と改善案の共有で、教師側で「ビーカーの熱容量」に問題点を絞ってしまったため、自由度が低い探究活動になっていたと思います。
よって改善としては、2時間ものとして行い、式の導出も生徒の手で行わせるようにすべきですね。しかし、理解度や進度にもよるとは思いますが、式の導出は生徒にとって結構なハードワークです。教師が式を適時教授することで、そこはサポートする必要があるでしょう。
まとめ
以上、「トライアル&リトライ」と、それを取り入れた実践授業の紹介でした。
今回の実践では課題はありましたものの、問題点の考察という形での「仮説設定」と、それを改善し、再挑戦することによる「検証」が成立しました。
先生方もぜひ、「トライアル&リトライ」を取り入れてみていただき、日々の授業を探究的な学びにしてみていただければ幸いです。
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